ちひろDEブレイク

みすゞ心のメッセージ

10月1日にお届けした詩は「額のなか」でした

 額に入った絵をじっと見つめる一人の子ども。本当は家の中で一人で過ごすのはさみしいけれど、その思いを忘れるために絵の世界へと自分を誘っています。でも、この一人のさみしさを感じたり、自分の心と向き合う時間はとても大切で、それによって他人のさみしさがわかるのです。みすゞさんは父親がいないさみしさがありました。そのさみしさから生まれる優しさに、私たちは慰められています。
(ちひろ)

9月24日にお届けした詩は「梨の芯」でした

 この詩は私は妙に好きな詩で、梨も大好きなのでいつも梨の季節になるとこの詩を思い出しながらいただきます。
 梨を食べたあとの「芯」をきちんとゴミ箱へ入れる子と入れなかった子の後の結果をおもしろく表現した詩なんですが、地面にある梨の芯は「蟻」にとってご馳走です。蟻はお礼を言うんですね。でも、ゴミ箱へ入れた芯は、お掃除のお爺さんが普通に何も言わず、ゴミを処理する。このなんとも皮肉な物語。世の中は実はこうした皮肉も沢山あるものです。
(ちひろ)

9月17日にお届けした詩は「曼殊沙華」でした

 曼殊沙華と書いて、「ひがんばな」と振り仮名が振ってあります。彼岸花の咲く姿を、地面の下に住む人が線香花火をたいた、と表現しています。地面の下の住人が私達とは逆の重力で住んでいて、向こうからこちらに向かって線香花火を持っている様子が浮かびます。面白いですね。みすゞさんの心の眼にかかると、この世界はファンタジーです。私たちは無限に広がる心の宇宙の世界に住んでいるだなぁと、嬉しくなります。
(ちひろ)

9月10日にお届けした詩は「踏切」でした

 秋の日本の原風景を思わせる、とても素敵な詩です。金子みすゞさんの詩の特徴のひとつには、詩から情景が思い浮かぶ、絵本のように心にその景色が広がるところです。想像力の欠如が問われる昨今、みすゞさんの詩に触れることはとても大切だとつくづく感じます。
(ちひろ)

9月3日にお届けした詩は「 大泊港 」でした

金子みすゞさんが「仙崎八景」と題してまとめた詩のひとつです。大好きだった仙崎を想うみすゞさんの気持ちがとても伝わってきます。青海島の親戚のお家から実家まで帰る道。子どもの頃のみすゞさんを想像しながらこの詩を読むと、とても心が和みます。(ちひろ)

8月27日にお届けした詩は「 くれがた 」でした

赤ちゃんを亡くしたお母さんへの優しい詩です。私たちはみんな、家族や大切な人との別れがありますが、コンサート会場にもそうした別れの直後にご来場されている方もいらっしゃり、その方々がみすゞさんの詩の心に涙され、私にその状況をお話してくださいます。人の悲しみや寂しさは表には見えないけれど、みすゞさんの詩が、その心に寄り添ってくれます。(ちひろ)

8月20日にお届けした詩は「 あさがお 」でした


 子どもの頃の夏休みの思い出には、初めて朝顔を育てるという夏休みの課題、思い出しますね。このみすゞさんの詩では、その朝顔が咲いてしぼむ、その様子をなんともクールに描いていて、そのクールさがまた、みすゞさんが物事を客観的に見つめている眼差しに重なって気持ちよさがあります。私たちの生き様にも、このクールなカッコよさがあると素敵だなと思わせる1編です。(ちひろ)

8月13日にお届けした詩は「 漁夫の子の唄 」でした

 港町に住んでいた金子みすゞさんだからこそ浮かんできた詩の世界ですね。この詩は「私は・・・するだろう」「私は・・・するだろう」と、漁師の子どもを主人公にその想いを綴っている詩の形で始まります。3ページにわたる長い詩なので、更にその心情が深く伝わってきて、情景が思い浮かびやすい、とても素敵な詩です。
(ちひろ)

8月6日にお届けした詩は「お勘定」でした

 金子みすゞさんの頭の良さはお墨付きでした。きっと数字も得意だったことでしょう。この詩を読むと、如何に正確に物事を把握していたい一面があったかがわかります。そして詩に出てくる宝物の「なんきん玉」。みすゞさんが後に綴った、大切な一人娘の言葉を記録した手帳のタイトルが「南京玉」です。どれだけ大切な娘の言葉だったかが、またこの詩から感じられる、そんな繋がりを見せてくれる詩の一つでもあります。
(ちひろ)

7月30日にお届けした詩は「蝉しぐれ」でした

 金子みすゞさんの詩の中には季節を感じるものも沢山あります。その中の夏の詩のひとつ。夕暮れのちょっと夏のほとぼりが冷める時間の蝉しぐれ。とてもノスタルジックな雰囲気の詩です。長門市仙崎から下関へ移り住んだみすゞさん。時々、実家へ帰る汽車の中からの風景は、いろんな思いを巡らす時間だったことでしょう。
(ちひろ)

月間アーカイブ